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前回に続き、今が旬 iPadのお話その2です。
iPadという商品がなぜ、これほどまでに話題になり、おそらく浸透していくのか?
その理由の1つとして、「実は、iPhoneに似ているから」という重要なポイントに触れたい。
この一言は、単に製品の外観や機能としての類似性ではなく、「ユーザーの理解・教育が既にできていて、市場の教育コストが高くない」という大切な事実を表している。
「アイコン」、「マルチタッチのスクリーンを中心としたUI」、「音楽を持ち歩く習慣」、「アプリを選んで持ち歩く習慣」
これらは、iPhoneを持っている人にとってはすでに“当たり前”。この当たり前の“体験”をすでにAppleに刷り込まれた人たちは、iPadを理解しやすく、また更にすごいものだということも理解できる。
簡単にいえば、キムタクよりかっこいい!といえば、キムタクを知っている人であれば、なるほど、すごそう!と思えるのに対して、キムタクを知らなければ、いくらすごくかっこいい!といっても、なにそれ?となるようなものである。
別の例えで言えば、すっごく美味しいけど、カロリー半分になったチキンフライ!と、すっごく美味しく、カロリーも半分以下のワニフライ!(別にワニでなくてもいいのですが)と言われた時、ワニを食べ慣れていない人たちには、いくらいいものであっても、味、ヘルシー、イメージなど理解・浸透させていくための市場教育コストを投下せざるを得ないわけである。
技術的に不連続な革新でも、ユーザーから見て不連続であると、その理解醸成のために、大きな市場教育コストがかかる。
今のアップルの強さは、通常よくある、一つの商品の導入のための、広告・宣伝を投下した市場理解・浸透ではない。iPodの成功だけで終わらせない、iPod -> iPhone -> iPad と続く市場へのApple体験を通じた市場教育によって築き上げられている、といえる。
だから、単に製品的にiPadより優れた電子Bookリーダーを出しても勝てない。では、既にAppleの築いた累積市場教育コスト分に相当する市場の再教育を行って、それを覆すというハイリスクな方法をとるか。ビジネス的には危険である。
しかし、考えられる手立てはいくつかある。この手段については、また次回に。
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