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インターネットビジネスの種

〜あたりまえの壊し方から
スカイライトコンサルティング株式会社 コンサルタント 小川育男
リーンスタートアップの系譜(前編)
July 04 , 2012 23:01 Ikuo Ogawa  
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 今年の4月に『リーン・スタートアップ』の邦訳が発売された。ほぼ同時期に著者のエリック・リースが来日して話題になっていたのでご記憶の方も多いだろう。さて、このリーン・スタートアップだが、最初はちょっとした起業の方法論のひとつと捉えていたのだが、いろいろ調べていくうちに、少々根の深い、大きな流れのようなものが見えてくる気がしたので、その概観を試みたい。

 リーン・スタートアップは、さまざまな実践を試みている論者たちが各自のブログを中心に議論していくような形で発展してきているようだ。しかし、ここでは敢えて、『The Lean Startup』(邦訳『リーン・スタートアップ』)および、別の著者ではあるが直系とみなせるであろう『Running Lean』(未邦訳)に挙げられている参考文献から読み解いてみよう。断片的に流れていくブログを追うより、ある程度まとまったテーマでパッケージングされている本を眺める方が大きな流れはつかみやすいと考えるからだ。


顧客開発

 まず最初に注目すべきなのは、スティーブン・ブランクの『The Four Steps to the Epiphany』(邦訳『アントレプレナーの教科書』)である。この本では、製品開発を中心とした起業プロセスでは「顧客が求めるもの」があらかじめ分かっていることが前提となっていることを問題視する。しかし、その事業の新規性が高ければ高いほど、「顧客が求めるもの」が何で、顧客に対してどういった価値を提供できるのかは自明でないことが多い。従って、新規事業は、顧客を発見し、理解していくプロセスこそが重要であると説く。それが顧客開発(Customer Development)の考え方である。

 『The Four Steps to the Epiphany』はその著者のバックグラウンドもあり、BtoBのビジネスを前提としている。それをWebサービスのようなBtoCのビジネスに解釈しなおそうとしているのが、『The Entrepreneur's Guide to Customer Development』(邦訳『顧客開発モデルのトリセツ』)である。

 では、スタートアップは「顧客が求めるもの」をどう捉えるべきなのか?これらの本では顧客開発プロセスの説明が中心であり、直接的にはこの問いに答えてくれないようである(かなり読み込めば読みとれるかもしれないが)。ただ、顧客開発という発想の前提には、次の参考文献があると考えられる。


イノベーション2部作

 既に古典と言っても良いかもしれない。クレイトン・クリステンセンの『The Innovator's Dilemma』 (邦訳『イノベーションのジレンマ』)と『The Innovator's Solution』(邦訳『イノベーションの解』)が挙がっている。前者は、企業が大きくなっていけばいくほどイノベーションが起こしにくくなっていくというジレンマが書かれているものだが、ここで重要なのは後者だ。

 『イノベーションの解』では、「顧客は特定の用事を何とかするために製品を使う(customers "hire" products to do specific "jobs")」ということを重視し、顧客をデモグラフィックなどの属性で分析するのではなく、彼らが何とかしなければならない用事(jobs)に注目して分析すべきだと説く。その用事(jobs)を既存の解決方法よりよく解決できるようにすることが製品(サービスでも同じ)の価値であり、それこそがイノベーションの源泉になるはずだというわけである。

 言い換えると、顧客の(潜在的に)抱える課題に対して、どんなソリューションを提供するか、それがスタートアップの提供する価値であるといえる。ただ、顧客の抱える課題はそう簡単に理解できるわけではない。なぜなら、既存課題には、大抵の場合、相応の解決策があり、何にどう困っているかは相当顧客に詳しくならないと的確なソリューションを提供できないからだ。そこから、製品(サービス)を開発していくということは、顧客およびその課題を理解していくことであるという、顧客開発ひいてはリーン・スタートアップで提唱される考え方が引き出されてくる。


リーン生産方式

 次に、その名前の由来となっているリーン生産方式に移る。これに関する参考文献は多数載っている。一例を挙げると『The Principles of Product Development Flow』(未邦訳)や『Toyota Production System』(未邦訳)が両方の参考文献に挙げられており、重要度が高いと考えられているようだ。それ以外にも、トヨタやフォードの関連書やテイラーといった科学的生産方式に関する本も挙げられている。

ここで注目したいのは、『Out of the Crisis』(未邦訳)というエドワード・デミングの本が挙げられている点だ。デミングは、戦後の早い段階の日本に来て、日本の製造業に統計手法等を駆使した組織的な品質向上プロセスの重要性をインストールし、製造業を中心とした戦後の高度成長の礎を作ったと言われる人物だ。PDCAサイクルなども彼の発案とされる。この発展の末に、英語にもなった「KAIZEN」活動があり、トヨタ生産方式として、90年代米国で盛んに研究されたリーン生産方式がある。

リーン生産方式は、製造プロセスとして品質を向上しつつ効率的に(無駄なく=lean)開発することを追求した方式である。PDCAサイクルに代表されるように、計画し、開発し、測定して、改善策に結びつける。特に重要なのは測定である。明確に定義された基準に基づいて、期待した効果が出たかの数値的な測定を行うことで、事前の仮説の是非の判定が可能となる。こういった考え方を洗練していった先にリーン生産方式がある。

この方式が、戦後からバブル期あたりまでの日本で多大な価値を発揮したのは、「顧客が求めるもの」が明確であり、国をあげて大企業による安定した生産体制が重要視されたという安定した事業環境ゆえに他ならない。このことを確認しておこう。


前編のまとめ



 ここでいったんまとめてみる。顧客開発とイノベーション、リーン生産方式のそれぞれを照らしてみると、リーン・スタートアップの素性が見えてくる。リーン生産方式は、製品開発、製造プロセスの改善方式として、非常に洗練されたやり方としてある。一方で、製品開発中心に新規事業が展開できるほど、事業環境は安定的ではなくなっている。これはグローバル化という要因もあるし、製品(サービス)が乱立し、移り気な顧客の関心を引き続けることが課題になっているということが考えられる。そうした背景の中、顧客開発という考え方が登場した。

 一言で言えば、リーン生産方式の数多の知見を顧客開発にいかに応用していくか、これがリーン・スタートアップの試みであるといえるだろう。

 後編では、これらを可能にする手法としてのアジャイル開発およびビジネスモデルキャンバスについて紹介する。


【本文中で言及した本】

The Lean Startup: How Today's Entrepreneurs Use Continuous Innovation to Create Radically Successful Businesses / Eric Ries
邦訳:リーン・スタートアップ ―ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす

Running Lean: Iterate from Plan A to a Plan That Works / Ash Maurya
(未邦訳)

The Four Steps to the Epiphany: Successful Strategies for Startups That Win / Steven G. Blank
邦訳:アントレプレナーの教科書

The Entrepreneur's Guide to Customer Development / Brant Cooper, Patrick Vlaskovits
邦訳:顧客開発モデルのトリセツ

The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail / Clayton M. Christensen
邦訳:イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき

The Innovator's Solution: Creating and Sustaining Successful Growth / Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor
邦訳:イノベーションへの解 利益ある成長に向けて

The Principles of Product Development Flow: Second Generation Lean Product Development / Donald G. Reinertsen
(未邦訳)

Toyota Production System: Beyond Large-Scale Production / Taiichi Ohno
(未邦訳)

Out of the Crisis / W. Edwards Deming
(未邦訳)

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