|
「37signals」という会社をご存知だろうか。洗練されたインターフェースを持つプロジェクト管理ツール「BaseCamp」やコンタクト管理「Highrise」という有料Webサービスを提供しており、300万人もの顧客を擁している企業である。サービス名は知らなくとも、日本発のプログラミング言語「Ruby」のネットサービス用フレームワーク「Ruby on Rails」という名前は聞いたことがあるかもしれない。そのRuby on Railsを世に出した企業である。
知っている人にとっては、何をいまさらという感があるかもしれない。37signalsは、各国に散らばった十数人という少人数の社員でサービスを展開し、その独特の経営方法でも知られている。その彼らが、今年2冊目となる本を出した。『REWORK』(邦訳『小さなチーム、大きな仕事』ハヤカワ新書)である。1冊目の『Getting Real』(原著および邦訳ともに公開されている)では、彼らのWeb開発の方法を記した。それに対して2作目の『REWORK』では、彼らの経営方針「サービスや組織の作り方」が、紹介されている。
その語り口はとてもシンプルだ。たんなる理想論にも見える。しかし、忘れてはいけないのは、これを彼らが十年来実践してきているということだ。逆に考えてみれば、それが理想論に見える我々の見方に、何らかの思い込みがあるんじゃないだろうか。そんな視点で考えてみる。
「スタートアップの標準(?)的なかたち」
起業、特にネットビジネスでの起業と聞くと、シリコンバレーを想起する人も多いだろう。シリコンバレー流の起業は、VCが起業資金をどかんと投入し、プロの経営陣を送り込んだ上で、短期間で急激に成長させ、IPOやM&Aなどの手段でExitをはかる。創業者もVCもそこで株式の多額の売却益を得て、成功者として名をはせる、というストーリーだ。典型的なのは、Googleだろう。収益見込みがなかった時期にセコイアから多額の出資を受けて世に出てきたGoogleは、急激な成長を遂げ、いまや世界に名だたる大企業になった。他にも、Yahoo!、eBay、Netscapeなど枚挙に暇はない。いわゆるネットバブルといわれた頃に山ほどあったモデルだ。日本でも、楽天やライブドア、サイバーエージェントなどはその系譜上にあるといえるだろう。
共通しているのは、「とにかく大きくなること」だ。会社規模が重要な指標となり、その成長力を担保に巨額の資金を調達し、それをガンガン使うことで、さらに規模を拡大する。それは、ある意味、70年代や80年代のIBMやトヨタ、 P&Gなどが多国籍企業として巨大化していくプロセスを(当時、ドッグイヤーとか言われた)すざまじいスピードでトレースしていったといってもいいだろう。そこにあるのは、極めてスタンダードな資本の論理である。
37signalsの著書『REWORK』で描かれているのは、この資本の論理へのアンチテーゼと解釈することができる。もちろん、そこではそんな大仰な表現は使われていない。小さくたって、顧客に十分な満足を与えることはできるし、そうすれば、自分たちも楽しみながら仕事が続けていけるはず。いや、むしろそうするためには、小さいということこそ重要なんじゃないか、という主張である。大企業の資本の論理に対する、いわば中小企業の論理だ。いくつか具体的に見てみよう。
「スタートアップのもうひとつのかたち」
以下、少し引用してみる。
スタートアップとは不思議な場所だ。そこでは経費は他人の問題だ。そこでは、収入という煩わしいことは問題ではない。そこでは、自分で稼ぐ方法を見つけるまで他人の金を使わせてもらえる。そこでは、ビジネスの論理は関係ない。この不思議な場所の問題は、それがおとぎ話の世界だということだ。すべてのビジネスは、新しかろうが古かろうが、マーケットの力と経済のルールに支配される。収入があり、支出がある。利益を出せなければ、去るだけだ。スタートアップはこの現実を無視しようとする。スタートアップは、避けられないこと(すなわち彼らのビジネスが成長して利益を上げ、本物の持続可能なビジネスにならなければならないこと)をできるだけ後回しにしようとする人々によって経営されている。(邦訳 p.43-44)
なぜスタートアップが“不思議な場所」”になってしまうのか?それは、上述のとおり「大きくなること」(だけ)が指標となってしまうからだ。もちろん、それでうまくいく場合もあるし、これも上述のとおり事例もある。が、それは「おとぎ話」だと喝破する。「大きくなること」ではなく、もう一つの基準、それが「持続可能なビジネス」になるということだ。
『REWORK』を読むとここで語られていることはまさに、いかに持続可能なビジネスを作っていくのか、というプラクティスだと理解することができる。そこには、顧客に受け入れられるということでビジネスとしての持続可能性を作るということだけではなく、同時に自分たちがビジネスを続けていく気になる、という点での持続可能性も含まれる。
どういうことか?もうひとつ引用しよう。
大きな仕事をするには、他と違ったことをしているという感覚が必要だ。世界にささやかに貢献している、あなたは重要なものの一部である、という感覚だ。これはガンの治療法を発見しなければいけないという意味ではない。自分の努力に価値があると感じる必要があるということだ。顧客に「私の人生をよくしてくれた」と言ってもらいたいはずだ。やめたら、みんなに気付いていほしいはずだ。(邦訳 p.26)
そのために、“制約を受け入れ”、“小さな勝利を手に入れ”、“競合相手が何をしているかは気にしない”(“”でくくられたものは邦訳中のセクションのタイトル、以下同様)。そして、自分たちが納得したかたちで、自分たちのビジネスを続けていく。さらに具体的にどんなプラクティスがあるかは、本を読んでほしい。
「スタートアップにとって大事なこと」
ここで指摘したいのは、スタートアップや起業といってもそのやり方は一通りではないということ。それは、シリコンバレー式/日本式というのとも違う。もちろん、起業をめぐる環境の違いは大きいが、それは地理的な問題だけではなく、時間的=時代的な環境の違いもある。いずれにしろ重要なのは、どうすれば続けることができるのか?ということだ。
もちろん、そのためには“世界にささやかに貢献する”と思えるものを見つけることができなければならないが、そのためにも“まずは作り始めよう”。それは、必要とされており(少なくとも自分にとって)、顧客に満足を与えるものを自分の考えで作っていくもののはずだ。そうすれば自然と続けたくなる。いや、続けなければいけないと思うようになる。
原題の「REWORK」は日本語だと「作り直す」や「やり直す」という意味になるが、これを「RE-WORK」と分けて読んでみよう。「re-」という接頭辞は、「again」もしくは「again and again」を意味し、繰り返すこと[repetition]を指す(dictionary.com re- 項参照)、従って、「繰り返し仕事をする」と訳せるはずだ。
いかに持続可能なビジネスを作るか?そして、それをいかに実際に続けていくか?これこそが、スタートアップにとっての最重要課題であり、そのための道はひとつではないのである。
|