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先月、米国の経営学者のC.K.プラハラードが亡くなった。プラハラードは、日本でもビジネス用語として良く用いられる2つのキーワードをその著作で展開した。ひとつは、「コア・コンピタンス」であり、もうひとつは、「BOP(The Bottom of The Pyramid)」だ。「コア・コンピタンス」は、比較的静的な競争環境を前提にしたマイケル・ポーターの競争戦略論に対し、ダイナミックに変化する環境での企業の生き残り策を示した概念で、『コア・コンピタンス経営』という著作で展開されている。
ここでは、2番目のキーワードである「BOP」を紹介し、そこで表されるビジネスモデルを概観し、ネットビジネスとの共通点についてみてみよう。
■「BOP」の意味
「BOP」は、日本でも「BOPビジネス」として昨年くらいからさまざまなメディアでも取り上げられている。もともとは、2005年の著作『The Fortune at the Bottom of the Pyramid』 (邦訳『ネクスト・マーケット』英治出版、近々改訂版が発売予定)で示されたキーワードだ。「BOP」は、直訳すると「ピラミッドの最下層」、貧困層を指す。プラハラードは、購買力での人口ピラミッドを想定し、その最下層に位置し、これまでビジネスの対象と考えられていなかった貧困層こそ、ビジネスのターゲットとして考えるべきだと論じた。そこにこそ、ビジネスチャンス(The Fortune)が埋まっているのだ、と。
考えてみれば、不遜な話である。購買力という単一の尺度で貧困を定義し、それをビジネスによって救済しようというのだ。「BOP」というキーワードには、どうしても「上から目線」のようなニュアンスがつきまとう。一方で、「貧困救済」ということを強調することで、そこに篤志的な語感があらわれ、ビジネスとして参入するのに倫理的な抵抗感を抱いてしまい、中には「BOP」というキーワードを嫌う人もいる。しかし、プラハラードは経営学者であることを思い出そう。彼は経営学者として、「BOP」というキーワードで示されたあるビジネスモデルを提示し、その事例を解説した。そうであれば、まずはそのビジネスモデルに注目すべきだろう。
■「BOP」で示されたビジネスモデル
流れ的には、本来『ネクスト・マーケット』から引用すべきだろうが、日本でBOPを研究されている北海学園大学の菅原教授が書かれたセミナー資料※でその要点が端的に記されているため、そちらを用いて説明すると、BOPのビジネスモデルは、次の3点にまとめられる。「1)貧困層が抱える(社会的または個人的)ニーズを満たして、2)所得をもたらし、その結果として 3)自立を促すこと」である。

※セミナー資料(pdfへのリンク)
1)は、どんなビジネスでも意識することだろう。但し、貧困層をターゲットとすることで、顧客が享受するサービスの内容だけでなく、顧客に対してどのように提供するかというアプローチの仕方まで含め、ニーズとして強調される部分に違いがある。国内で提供されているサービスや技術を応用して途上国や新興国に展開しようという側面からは、この1)が取り上げられがちである。しかし、「BOP」を考えるとき、特徴的なのは、2)と3)である。
もう少し具体的にみてみる。『ネクスト・マーケット』では、インドを初めとした貧困層へのビジネス展開の例が多数かつ詳細に記されている。『ネクスト・マーケット』以外にも、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスの率いるグラミン銀行やその関連組織のグラミン・フォンやグラミン・ダノンなどの例も有名だ。日本で同様なモデルの例としては、ヤクルトや日本ポリグルがある。
この中で、上述のビジネスモデルをイメージしやすいものとして、ヤクルトを取り上げてみよう。ヤクルトは、日本でこそ数多あるジュース類のひとつと考えられているが、下痢等の胃腸障害をおこしやすい環境に住んでいる貧困層にとっては乳酸菌飲料として“クスリ的 ”な存在といえる(日本でも、その昔は同じような扱いだった)。さらに、ヤクルトの販売方法にも特徴がある。オフィスや街中などでヤクルトレディと呼ばれる販売員の姿を見かけたことのある方も多いだろう。この仕組みは、貧困層の持つ特性である「メディアに触れることが極端に少ないこと」「そこに到達するための物資の流通手段があまり整備されていないこと」を踏まえ、貧困層へのマーケティングのもつ2つの課題を解決することに資している。同じ仕組みは、グラミン・ダノンのヨーグルトを売るグラミンレディ、日本ポリグルの水質浄化剤を売るポリグルレディにも応用されている。このことは、コトラー流のマーケティングの4P(Product, Price, Place, Promotion)に従ったオーソドックスなマーケティング分析として解釈できるだろう。つまり、徹底的なマーケティングリサーチにより、顧客に即してマーケティングの4Pを整理していくという手法で検討可能であり、(これだけでも実践することは十分大変だが)モデル的にはそれほど目新しいことではないともいえる。
但し、モデルとしては、上述の2)と3)を視野にいれることに特徴がある。つまり、ヤクルトを売ることで、販売員に2)所得をもたらし、女性の生業もしくは副業としてその3)自立を促すという社会的機能がある。既に女性の社会進出が顕著な日本ではさほどのインパクトのあることにも感じられないが、女性の仕事があまりない途上国等の特に貧困層では、大きなインパクトをもたらす。これが、「BOP」の基本的なビジネスモデルの例と言えるだろう。
2)と3)を強調したものが、グラミン銀行に代表されるようなマイクロ・ファイナンスといわれるビジネスモデルだ。一口にマイクロ・ファイナンスといっても様々なバリエーションがあり、近頃は運用上の問題や批判も出てきたが、ここでは個々の議論は措いておく。理念的には、マイクロ・ファイナンスは、消費者金融より商工ローンのような事業支援資金に近い。つまり、貧困層に事業資金をローンの形で提供し、2)所得をもたらすための支援を行うのである。ここで、事業というのは、われわれが通常イメージするようなものだけではない。例えば、職場に通うための初期の交通費だったり、小売店を始めるための仕入れ資金だったりするのも十分所得をもたらすための支援に入るわけである。そういったことを通じて、3)自立を促すことになる。
■「BOP」と持続可能性
では、なぜ2)と3)が重要なのだろうか?
ビジネスの企画をするときには、通常は1)が満たされていれば十分であろう。それでも、2)と3)が重要な理由は、「持続可能性(Sustainability)」というキーワードにある。
1)だけを考えると、お金で象徴される価値の流れが一方向になってしまい、特に購買力に厳しい制限のある貧困層ではビジネスの持続性が極めて限定的になってしまう。2)所得をもたらすことで、その一方向の流れを継続することが可能になる。つまり、サービスを展開することで顧客に所得がもたらされれば、それにより購買力が増加し、さらにサービスを享受することが可能になるのである。しかし、それだけだと、1)の活動によりあげられるべき利益を顧客に配分し、次のサービスの購入のための資金を提供しているにすぎない。3)の自立を促すところまで到達して初めて、顧客側に自ら価値を生産することが促され、価値の循環が生まれ、ビジネスとしての持続可能性が実現されるということになる。これが「BOP」というキーワードで表されるビジネスモデルが十全に機能したときに生じることであり、そのことにこそ、このビジネスモデルの革新性が現れていると思われる。
■「BOP」からネットビジネスが学べること
さて、これまで「BOP」に関して解説してきたが、このビジネスモデルからネットビジネスは何が学べるのだろうか?
「BOP」というビジネスモデルが提示したのは、顧客側に価値を生み出す仕組みを提供するということである。
それによって、ビジネスの持続可能性が生み出される。それは、顧客が活動するためのインフラを提供することと同義で、インターネットは、そもそも新たなコミュニケーションインフラとして登場した。そのインフラ上に、サイト検索を通じたリスティング広告や SNSなど、さらに上部のインフラも構築されてきた。それらが行ってきたことは、顧客が価値を生み出していくことの萌芽である。
もちろん、ターゲットとなるユーザーのニーズを汲み取り、ニーズを満たすためのサービスを考えていくことは重要ではある。しかしそれだけではなく、ニーズを満たすことによって、ユーザーに何がもたらされ、どのような価値をユーザーが自ら生み出すことができるようになるのか。インフラを志向することは、そこまでを視野に入れたサービスを組み立てていくことが要求されているといえるのではないだろうか。ただ単発のサービスを繰り返し提供していくだけではなく、そこに展開されるエコシステムを想像すること。そうした想像を広げていくことで、より持続性の高いネットビジネスの姿が見えてくるのではないだろうか。
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